前株式会社イエローハット代表取締役社長 鍵山幸一郎氏 最終回「エレガント・ソリューション」(全4回)

カー用品を中心に全国のみならず海外へも拠点展開し、年商1000億を超える売上を拠出する株式会社イエローハット。昭和36年、モータリゼーションの普及と共に、業界を代表する企業として成長した同社を、リーダーとして率いてきた鍵山幸一郎氏の軌跡をたどってみたい。

前株式会社イエローハット代表取締役社長 鍵山幸一郎氏


最終回「エレガント・ソリューション」
イエローハットの社長に就任した鍵山は、さまざまな社会の洗礼を受けながらも人員整理を伴わない構造改革を行い、理想の会社を追求していた鍵山は、昨年の9月で4年間続いたその任を自ら辞することを決意する。その中で彼が感じた思いを最終回はさらに深く掘り下げてみたい。

「会社の経営は戦国時代でいえば自分の国、江戸時代なら藩という組織に例えることができると思います。自らを振り返ると、大組織を率いるリーダーとしての資質、経験、気配り等が自分に欠けていたことを認めざるを得ません。
社長に就任した際には『理想の会社を作るのには3年もあれば十分だ』と考えていましたが、実際やってみるととてもそう簡単にはいかない。最低でも7年かかる、経験からそう感じます。私の場合はそれだけの長い間社長を続けることは許されなかったわけですが、その経験の中で感じたことをここにお集まりの次代の経営者にお伝えしたいと思っています。」

創業者である父親の薫陶を受けただけでは不十分だったことの認識。加えて上場会社であるがために、親子の私情を排除しなくてはならない苦しみはさぞ大きかったと容易に想像できる。
その経験を通じて鍵山は若き経営者に対して、このように自らの教えを語る。

「最初に今この時代の会社経営において『絶対』はありえない。そう考えることは大事だと思います。父が創業した会社であっても、私が社長として絶対自らの目標達成をする為に任期を全うできる、そんなことはありえない、そのように感じました。

2番目に人間関係上での信頼感の醸成、これも非常に大事な教えだと認識しています。それは例えば会社の中のハンコや切手を曲がって押さずにまっすぐに押す。これはわざわざ父に呼ばれ『こういうことが信頼を得るのに大事なのだ』と諭されたことがあります。父にしてみれば大きなことで信頼を勝ち得るより、小さなことの積み重ねこそが信頼感を得て頂きたいな、とお伝えしたいと思います。

3番目は、大きな決断をするときにはできるだけ私心を排除して取り組むべきだと考えます。広島県警の本部長、東京都副知事を歴任され、現在パナソニックの理事をされている竹花豊さんの話を紹介します。彼は広島在任中に警察官を暴走族の前に立たせた『体当たり作戦』を実施され、結果として暴走族を根絶した実績を持たれています。常識的なリスクを考えたらできないですよね。また副知事在任中も特に歌舞伎町の治安回復に努められました。身の危険を考えていたら絶対にできないことですよね。氏にお会いしてお伺いしたところ『私心を挟まなかった』とおっしゃっていました。私も今日自らの経験をお話しするかどうか考えた際に「私心」を捨てたことで、決意ができたのだ、そう思います。

4番目に経営者としての悩みに直面した際に『それは本当に悩むべきことなのか』を真剣に考えるべきと思います。社長に就任中、さまざまな悩みがありましたが、社長を退いた後に思い返してみると『あれはそんなに悩むべきことだったのか』ということが多々ありました。

5番目には『自社の都合を他社に決して押し付けないこと』。これもとても重要です。社会には協業している業者に対して、無理難題を当たり前のように押し付ける企業があります。協業の中での信頼関係が一番大事で、ここにお集まりの皆さんには、自らが苦しい立場に立った際には、自分でその責を受けて立ってみることをお勧めします。それが皆さんにとって大きな糧になることは間違いない、そう思います。

6番目に小さな『差別化』がこれからの時代、必ず必要になると思います。私も社長時代にはお客様がどうしたら店に来て心地よく過ごしてもらえるか、そこを徹底的に差別化したいと取り組んでいました。
新幹線の検札で、検察印が衣服に付かぬ配慮をされた車掌さんがいました。すばらしい行動であるし、またそういう小さなことに気づく感性を持つ必要があると思います。

7番目、これは皆さんには当分先の話ですが、『事業継承をするなら準備周到に』ということをお伝えします。これは本当に難しい。もし今後に向けて事業継承をお考えの方がいるのであれば、継承する計画の準備だけはしっかりとしておくことが、経営者として必要なことだと思います。」

自らの経験を通じて、鍵山は次代の会に集う経営者たちに誠実に伝えようとしている。その一つ一つが経験に基づくメッセージだけにリアリティがある。
さて、鍵山は昨年社長を退いた。これからはどのような思いを胸に次のステージを目指しているのだろうか。
「アメリカに留学して経営学を学んでいた頃、大学の教授に『エレガント・ソリューションは存在する』と教わりました。どんな困難な状況においても最適で美しい解決方法は存在するのですね。それは私の経営哲学の中で生き続けています。
これから先のことはまだ詳しく決めていませんが、やはりリーダーとして何かを決めていく、そのような立場に再び立ってみたいと思っています。」

思いのこもった言葉と行動で人が変わり、人が変わることで社会が変わる。
再び鍵山が「エレガント・ソリューション」を確立するための舞台に立ち、試練を乗り越えながら理想の会社を作りあげる日が来ることを楽しみに待ってみたい。

(了)

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