前株式会社イエローハット代表取締役社長 鍵山幸一郎氏 第2回「会社の価値を社会に残すために」(全4回)

カー用品を中心に全国のみならず海外へも拠点展開し、年商1,000億を超える売上を拠出する株式会社イエローハット。昭和36年創業、モータリゼーションの普及と共に業界を代表する企業として成長した同社を、リーダーとして率いてきた鍵山幸一郎氏の軌跡をたどってみたい。

前株式会社イエローハット代表取締役社長 鍵山幸一郎氏

第2回「会社の価値を社会へ残すために」

イエローハットを一代で創業した父の影響から逃れたい、自らのアイデンティティを確立したいという思いから高校卒業後に渡米し、大学を卒業した鍵山は、現地でそのまま駐在員として華々しいキャリアを積むことになる。
そのような生活の中帰国し、イエローハットに入社したのは1990年、鍵山が30歳のときだった。

「当時の私はまだ父の作った会社を後世に残したいという思いや、会社の価値を社会に伝えていきたいというような、明確な意思があったわけではありませんでした。できれば海外で駐在員としての華やかな暮らしを続けていたい、というのが正直な気持ちでした。しかし、楽しいだけの生活をこのまま続けていてよいのか、という一抹の不安と、楽しいからこそ自らが最も苦しいところで鍛える必要があるのではないか、そんな思いから帰国し、イエローハットの一員になることを決めました。

その当時は日本経済も活況を呈し、我が社も非常に業績がよく、やれ公開だ、上場だという話もあった頃です。そんな中役員のひとりに、「今後公開、上場を目指すうえで、そろそろ帰国して、今までの経験を生かしなさい」と諭されたことも、当社に入社する決断をしたきっかけになりました。将来自分を必要としてくれる会社で働くことは、社会人としての本望ではないでしょうか。
とはいえ二代目とはいっても、チヤホヤされたりすることは全くありませんでした。
実際に帰国した後、その現実に直面しました。会社が全国に保有している大型倉庫の1つに配属、作業着に着替えてのスタートに正直苦しい思いをした記憶が思い出されます。」

同社の上場準備に関しては、具体的に携わっていなかったというが、彼は上場後の舵取りをした経験から、上場を目指す若き経営者にこのように語る。

「この次代の会に参加されている経営者の方の中には、将来上場を目指されている方もいらっしゃるかと思いますが、上場はあくまでもステップであり、過程であるということを認識することが大事ではないかと思います。その先こそが大事なのであり、更なる大きな壁が立ちはだかる中で何を目指していくのか、それこそが経営なのだと思います。」

組織は巨大化する過程で、創業者の思いや苦労などとはかい離する方向へ進んでいくことはよくある話だが、鍵山が偉大な経営者としての父を持ち、それでもなおかつ社長への道を選んだのはなぜなのか。

「父親が創業者であっても、入社してから仕事の話をしたことはほとんどありませんでした。また自分は当初この会社でどのようなことをしたいのか、またどのようになりたいのか、ということははっきりしていなかったと思います。
しかし、今でも5時15分に起きて会社に行き、周辺の掃除を行ったり、また要望があれば高校などに出掛けていってトイレ掃除をしたりというように、父が築き上げてきた『掃除道』を社是とするこの会社の価値だけは残したい、という思いは時を追う毎に強く残っていました。
私が社長に就任するかどうかは、もちろん上場会社ですから、取締役会の承認を得なければ社長にはなれないわけですが、その時期にたった一度だけ『今ここで私が社長にならなければ、せっかく父が一代で、ここまで苦労して築き上げた会社の価値がなくなってしまう。その価値を社会に伝える為にも社長になりたい』と父に訴え、最終的に取締役会の承認を得て社長になったのです。」

鍵山が社長になる最大のモチベーションは、父であり創業者である秀三郎氏がライフワークとして続けていた「掃除道」を会社の価値として継承しつつ、本当に社会に役立つ企業を目指すという思いだった。
そんな思いを胸に社長に就任した鍵山が、経営者として強く心掛けたこと。それは第1回にも書いたが、彼の根本にあるであろう一種の「正義感」に近いものだった。

「現代社会は保守化というより、保身化の傾向が強いように、私には見えて仕方ありません。自分でリスクを負わず、「構造改革」のような険しい道を避けることは、経営上一番安易な道の選択だと思います。
しかし、社会の価値観が目まぐるしく変わる現代社会において、車の価値も資産からゲタ代わりというくらいに変わり、業績も下がっていくなかで、私が社長就任直後に『人員整理を伴わないリストラ』に着手したことは、退任した今の立場において、他の企業の参考になると思っています。」

経営者としての理念、それは環境によって大きく左右されるものである。自社を取り巻く社会情勢が厳しさを増す中、都合よく解釈される「構造改革」に従って人員整理を行う企業が多い中、鍵山は自らの理念を4年半の間貫いたことをそんなふうに語った。

しかしそんな鍵山も上場企業の社長として社会の洗礼を容赦なく受けることとなる。
次回はそんな試練、そして引責辞任に関する思いを語ってもらおうと思う。
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