1954年にグループの前身となる㈱インプレスコミュニケーションが設立されて以来なんと55年、IT業界における国内メディアソースとして複数の媒体を展開しているだけでなく、音楽業界、医療業界、デザイン業界、コミックをはじめとするデジタルコンテンツの開発などを23社のグループによるサービス事業として行っているインプレスグループ。
その国内最大規模のメディア事業戦略を統括し、統括する持ち株会社として1992年に設立された株式会社インプレスホールディングスの取締役であり、かつグループ内の㈱Impress Comic Engine及び㈱Impress Touch の2社の代表取締役兼社長と3つの要職を兼任している北川 雅洋氏に、その人生哲学を大きな視点で語ってもらうことにした。この講演に際して彼が銘打った4回にわたるテーマは「経営者やビジネスマンである前にひとりの人として」。どんなメッセージが聞けるのだろうか。
株式会社インプレスホールディングス取締役 北川 雅洋氏
最終回「missionを支えるもの」
ネット×メディア×コンテンツビジネスを通じて全世界的な規模での平和を目指すというmissionに向けてまい進する北川が、現在在籍しているインプレスグループ。
グループ会社の2社の代表取締役とインプレスホールディングスの取締役を兼任している彼は、次代の会でグループを取り巻く社会的な状況においても、自らのmissionに基づいた信念を変えない。
「現在、出版業界全体が97年くらいをピークに継続的な縮小傾向にあるなかで、唯一コミックス(マンガ単行本)のみが約2500億円の市場規模を現状維持しているという状況で、かつ広告業界も2007年をピークに、2012年には1兆円近く縮小すると予想されており、さらに音楽業界も1998年をピークに、出版業界以上に減衰してきているデータがあります。
新たに市場規模を拡大しているのが電子書籍で、PCとモバイル合わせ2006年の182億円から2007年は一気に355億円、そして2008年度には400億を突破するのではないかという勢いです。(Impress R&D 「電子書籍調査報告書2009より」)
そのような状況下において、私がインプレスグループでのmissionと課していることは世界の出版業界、マスメディア業界が抱える問題を解決するために、個性豊かな専門分野の出版資産を最大価値化するビジネスモデル、つまり日本のコンテンツの世界的配信事業、ダイレクトマーケティング、ケータイコンテンツ事業といったメディア×コンテンツ×ネットワークビジネスで「共感」「共鳴」「響働」と事業成長の両方を達成することであると考えています。」
幾度となく登場する「共感」「共鳴」「響働」の言葉。音楽をやってきた北川の純粋な情熱がそのまま事業運営にも浸透しているのだということがひしひしと伝わる。
次に彼は「私のビジネス感覚」と題したスライドで、自らの経営哲学を語ってくれた。
「一般的には会社にとって利益が最重要と考えられがちですが、そうではありません。会社として社会的に存在する価値を達成することが最も重要であり、利益は2番手、またはそれよりも下かもしれません。再重要事項を利益と定義してしまうと、不思議と長期的経営が不安定になって実は利益が出しにくくなり、組織内部の競合を巻き起こし、不調和が生まれます。とはいえ、利益は会社を継続させるには不可欠であり重要な要素です。そこで私の知人がパナソニック創業者の松下幸之助氏から直接頂いた言葉があるので、それを皆さんにお伝えします。
『利益は会社の通知表。利益が出せない会社は、世に必要とされていないと思うべし。利益はお客様や社会による将来への期待値であり、それをお客様、取引先、従業員、社会に還元することに人生を捧げるのが経営者の仕事』という言葉です。」
北川の言葉でも十分重みをもっているこの講演で、故松下幸之助氏が直接語った言葉。社会で必要とされてこそ存続する意味がある、という言葉に静かだが重み、そして厳しさを感じる。北川はさらに自らのビジネス感覚についてこう語る。
「会社の構成要素は何か?よく人・モノ・カネといわれますがそうではなく、「人・人・人」であり、かつ「人・心・絆」であると思います。人はその人にしかない『個性力』があり、人間としては比較や評価することはできず、全ての一人ひとりに対して対等に敬意を表すべきものだと考えます。
また、報酬とは何なのか?という問いですが、経済的な報酬は原則として経済的貢献を基に配分されますが、報酬としてはそれがすべてではないと思います。本当は役職や経済的成果はその人の真の価値とは無関係であり、一人ひとりがそれぞれの個性としての価値を有していると思います。だからこそ先ほども述べたように一人ひとりに敬意を維持することが重要なのだと思います。
そしてリーダーシップに関してですが、私は人はお金で人を動かすことができないという考えをもっており、優れたリーダーとは、管理監督者ではなく、人の内面的なパワーを引き出すのが優れたリーダーであると考えています。そこでリーダーシップの心得をいくつかあげたいと思います。
職務上のポジションが高いことと、人間的価値は無関係であること、感謝の気持ちを忘れずに「ありがとう」を伝えること、部下の話は集中して聞く・聴く・訊くという3段階で深く受け止めることが大事であること、つまり相手の立場や気持ちを極限まで理解する努力、気づかれぬように人に役立つことを実行すること、上から目線にならないように常に意識すること、無理にでも笑顔の時間を長くする、とにかく生かされていることを認識すること、被害意識と自己弁護は自己成長、そして継続的成功の敵であること。これらは会社に限らず、家庭などのプライベートにおいても非常に役に立つ極意なので、ぜひ実践してください(笑)」
ここまで人の価値を認める言葉を多く講演で語る経営者も多くないのではないか。北川の想いが社員に伝わっているからこそ、その激務を支えるメンバーが彼をその位置へと押し上げるのではないか。
そんな彼も過去の人生の中で経営者として会社を清算するという苦しい経験をしている。ある意味それがあるからこそ、今の彼があるのだと当時のエピソードを聞いて気がつくこととなる。
「2000年、ドットコムバブルが崩壊し、増資が進まず会社は清算に追い込まれました。財務はCEOと財務部長の責任範囲と定めていたので、どうしても会社の最後を自分の責任として、積極的に引き受ける気分になれませんでした。
その当時は債権者は個人保証しろ、と連日のように責め立てられたり、M&A譲渡候補企業に全員は連れて行けないため大幅なリストラしなくてはならない上に、年棒を個人で保証しろと社員にも責め立てられ、正直申し上げて、倒産により自殺する経営者の心理が初めて理解できました。
そんな中、自分の代表取締役と印刷された名刺を見つめながら、最悪のシナリオをすべて紙に書いて想定した私は『死ぬほどのことではないな・・・自分のできることは何でも腹をくくって引き受けよう』という気持ちが自然に立ち上がってきて、債権者1社1社訪問し、お詫びの言葉を伝えて回りました。
その際に、できることは「必ずすべて実行する」ことを確約し、できないことは「できない」とはっきり伝えることにしました。すると驚いたことに多くの債権者、つまり経営者の方から『私はあなたを応援している、がんばってください。応援しています。一段落されたら是非食事に誘いたい。』といったとても暖かく有り難い励ましのメッセージをもらえるようになったのです。被害を受けている債権者の人々から、その様な言葉を頂くとは想定外であり、これまでの人生では経験したことのないほど、泉のように涙があふれてきて止まりませんでした。同時に、社員からも不満の声はピタッと止まり、結局誰ともめることなく、破産もせずにスムーズに和解手続きを進むことができました。
この時に、さまざまな方の助力を心から感じ『生かされている』喜びを深く感じたのです。経済的には最悪な状況の会社の倒産のその時に、人々の暖かさや絆という最高の幸せを感じることができたのです。そうです。人はみんな人生をガラっと変えてしまうほどのパワフルなKEYをそれぞれの心に持っているのです。決して自分自身だけの力ではないのですが、周りに影響を与え合って空気が丸ごと入れ替わってしまうような現象が実際に起こり得るのです。
私はこれを「音叉の共振現象」と呼んでいます。自分の心が美しい音色のバイブレーションを発信し始めた瞬間に、周りの人々のなかの音叉が同じく美しいバイブレーションで共鳴し合う感覚です。これで前述の「人・心・絆」の意味がおわかり頂けるかと思います。
現実の結果としては、会社の清算手続きがスムーズに進んだだけでなく、適切に責任を引き受けて会社を閉じた経験が買われ(笑)イスラエルの企業に即ヘッドハントされましたし、当時の社員は私の事業を現在も支えてくれ、また債権者企業とも順調に仕事ができ、良好な関係を続けることができているのです。」
腹をくくった北川の誠意が人を動かし、それが結果として更なる成長の糧となって彼を支えるという展開。人生における潜在的な可能性を彼は自らの実体験をもって体現しているのだ。言葉の重みがあることにも納得ができる。
講演の最後に北川は「経営者に必携の言葉」として、非暴力運動で歴史にその名を残しているインドのマハトマ・ガンジー元首相の言葉を、次代の会の参加者に送ってくれた。
「Live as is you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever. 明日死す者として今日を生きなさい。永遠に生きる者として学びなさい。」
北川が発信する熱い情熱に、彼の周りにはこれからも世界的規模の平和を実現するmissionを応援していく人が絶えず集まって、その実現に向けて邁進していくことだろう。
(了)