特徴のあるフォルムとその履きやすさが短期間に口コミで爆発的に広まり、いまや毎夏ごとにいたるところでその姿を見ない日はないほどの人気商品となったクロックス。一時はエスカレーターでの事故で報道された時期もあったが、現在でも人気商品として定着している。今回はその日本代表 藤田守哉氏の遍歴をたどってみたい。
Crocs asia pte.ltd 日本代表 藤田守哉氏
第2回「あの事故について」
3人のヨットマンが始めたクロックスは、フロリダのボートショーへの出展から口コミで広まり、瞬く間に世界へと広がった。その爆発的な拡がりに対応すべく、アジアの5カ国を統括するキーパーソンとして雇われた藤田は、在庫と発注のバランスを必死に取りながらの舵取りを迫られる。その荒波の中でクロックスアジアを率いるうえで重要と思われるポイントを語ってもらった。
『私が思うに、まず商品ありき、だと思います。
商品はマーケティングを含めた意味での商品という意味ですね。例えばNIKEがいい例です。皆さん走られる方は他のメーカーもたくさんあるのになぜかNIKEはよく売れています。それはNIKEの技術力というよりは商品力、マーケティング力が優れている賜物だと思うわけです。
次は人、ですね。
私が入社して最初にやったのは人集めでした。当時は50億くらいの規模でしたが、在庫管理のシステムなどはない中でやっているわけです。そしてかつ『10億をこなす人材力』だったと思います。私は将来を見据え200億規模になったときに数もさることながら、そのスキルにおいても異なった人材力が必要になるのではないかと思い、主要メンバーにはその当時では『分不相応』な人材を集めました。また靴屋やアパレルだけでなく、さまざまな業種・職種の人を集めることに注力をしました。組織を動かすのは結局人ですからね。
そしてその次に重要なのはマネジメントですね。
いい商品があっていい人材がいる。その後はそれをどうシステムを構築するか、その人たちに具体的にどんなディレクションを与えていくか、が重要だということですね。」
話の進め方も非常にロジカルに語る藤田が経営に関してここまで語り、「ちょっと話題を変えて」とあの事故のことを自ら語りだした。エスカレーターにサンダルが挟まり怪我をした、あの事件である。企業としては常識的に考えて致命的ともいえる事件だが、同社は順調に推移している。この件に対しては、おそらく会場にいた人も聞きたかったところの1つでもあろうが、企業にとっての最大のリスクをどう乗り切ったのか、その真相はある意味突然私たちの知るところになった。
「2007年8月 東京駅で5歳の女の子が弊社の靴を履いてエスカレーターに巻き込まれ、足の中指を骨折する事故がありました。それまで靴が巻き込まれるケースは数件報告がありましたが、けが人が出ているわけではなかったです。
しかしこの事件でけが人が出てしまったことで、国の定める「消費生活用製品安全法」の定める「重大製品事故」として経産省に届出をし、会社名を公表しなくてはならなくなりました。我々は経産省とともに5~6ヶ月なぜこの事故が起こったのかという原因を究明しました。
そこでいくつかの原因と思われることを整理しました。その1つとしてエスカレーター自体に原因がある、2つめにサンダルの素材に原因がある、そして乗り方に問題がある、という3つの原因が考えられたわけですが、結論からいうとその3つのうち何が最も大きな原因か、正直判定が下せなかったのです。経産省はいろいろな実験をしましたが原因が分からないということになったのですが、そこで状況は急展開を見せました。
それは「原因が分からない以上、今後に事故が続く可能性がある。そこで靴が原因の一つである、というかたちで発表することで社会に対して注意を喚起することができる」という経産省の方の言葉でした。そうなると会社名は社会的に知られることになり、大打撃を受けるわけですね。
当時は暖房機器などの事故が多く、死亡事故も発生していたのですが、弊社のケースはそこまでの重大事故ではないにせよ、うやむやにするとマスコミの方がどう書くか分からないというリスクもあったのです。また食の問題でも老舗による偽装問題などもあり、記者会見で経営者の方が頭を下げているシーンが映し出されていました。そこでそれまでスーツを持っていなかった私は急遽白シャツに地味なネクタイを購入し、さらにリスクマネジメントの専門家を雇ってマスコミ対策を急遽立てなくてはならなくなったのです。」
聞いていると暖房機器の件、老舗の偽装の件とクロックスのそれは少々性質が異なるもののように聞こえる。同社の場合「出る杭は叩かれる」的なにおいを感じてしまうのは私だけだろうか。
「発表からの対策に関しても経産省と密に連絡を取り、対策として実施したことも逐次報告を重ねていきました。マスコミの取材も本当にたくさん受けましたが、思ったよりも消費者の方からの悪い反応が少ないことに気がつきました。
具体的にはこの事故で初めて『クロックス』という名前を覚えることができた、という反応や『気をつけて乗ればそのような事故が起きないのは分かっていましたよ』という声が多かったのです。
結果的には社会的に弊社の名前が知られることになったという思わぬ効果がありました。また、消費者への注意喚起がかなり浸透しました。
最終的には素材の見直しを行い、6ヵ月後に改良された材質・デザインの子供用新製品を発売開始することができましたが、その際にも消費者の方々の声は予想以上に同情的だったという印象をもっています。この事件を通じて私は、商品を扱っている以上起こりえる予想しえない事態に対して、リスク管理を徹底することの重要性を痛感しました。」
国内を吹き荒れた製品事故の類と同一視されなかったのはある意味ラッキーな面もあったのかと思ったが、危機に直面しながらも社会的な打撃を予想以上に抑えることができたのはリスク管理だったと藤田は語る。ここに旧来の日本企業と同社の差異を感じてしまうのは私だけだろうか。次回は藤田が自らの経験を通じて確立した経営哲学に対してフォーカスしてみたい。
(第3回に続く)